過失のない「もらい事故」の罠とは?慰謝料や損害賠償請求は少し面倒
交通事故の多くは、互いに落ち度(過失)があって発生します。しかし中には、停車していたところを相手に追突された、青信号で横断歩道を渡っていたら轢かれたというように、被害者側にまったく落ち度がないケースもあります。落ち度がなければ100%の損害賠償金を受け取ることができて、特に問題も生じないように思えます。ところが、実は落ち度がない事故ならではの意外な落とし穴もあるのです。今回は、こうした被害者に過失のない交通事故の場合における対処法や注意点について解説します。
1.もらい事故とその内容
(1)「もらい事故」とはどんな事故か
被害者側に過失のない事故を、「もらい事故」といいます。過失割合でいえば、被害者が0で加害者が10という場合です。交通事故は、被害者と加害者の一方だけでも十分に注意していれば防げたというケースも少なくありません。たとえば、交差点を右に曲がろうとして、直進してきた対向車に衝突したという事例なら、真っ直ぐ進んできた車に注意して運転していれば高確率で衝突は避けられたはずです。このように、多くの事故は多少なりとも被害者側にも過失が認められるものですが、もちろん被害者がまったく悪くない場合もあります。
被害者に過失がないとは、具体的には以下に当てはまるケースです。
- 被害者が道路交通法をきちんと守っていた
- 被害者が周囲に十分注意を払って運転や歩行をしていた
これらを充たしていたとしても事故が避けられなかったのであれば、被害者に責任を問うことはできません。一方的に被害をもらった事故という意味で、もらい事故と呼ぶわけです。
(2)もらい事故の典型例
もらい事故にはいくつかの典型的な例があります。
- 赤信号で停車している時に追突された
- 対向車が急に道路の中央線をはみ出してきて衝突した
- 青信号で横断歩道を渡っていたら信号無視の車に轢かれた
- 法定速度を守って走っていたら追突された
- 駐車場で定位置に駐車していたらぶつけられた
これらのように、法律的にも払うべき注意という観点からも被害者に落ち度がない場合は、基本的に過失が認められることはありません。
2.もらい事故後の流れ
(1)負傷者の救護と警察への連絡
まず、交通事故を起こした運転手や同乗者は車を停め、負傷者の救護と警察への連絡をしなければなりません。これは救護義務および報告義務といい、道路交通法(以下、「道交法」とします)第72条第1項に定められています。
「道路交通法第72条第1項」
交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。
この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。(引用)参照元:道路交通法第72条第1項
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=335AC0000000105#699
警察に報告すべき内容を整理すると、以下の通りです。
- 交通事故の起きた日時と場所
- 死傷者の数、負傷者の負傷の程度
- 損壊した物と損壊の程度
- 事故車両の積載物(内容・数量・状況)
- 事故について行った措置(負傷者の救護・危険防止措置)
なお、報告を怠った場合、道交法第119条第1項第10号で、3月以下の懲役または5万円以下の罰金という刑罰が科されるため、注意が必要です。
(2)現場状況の確認と証拠の確保
次に、事故の直後で気が動転することもあるでしょうが、できる限り事故現場の状況は確認するようにしましょう。具体的には、もらい事故の経緯を確認した上で、お互いの車両(自分が歩行者なら加害者の車両)の状態や路面のブレーキ痕を、スマートフォンのカメラなどで画像として残しておくのです。
また、加害者の氏名や連絡先、勤め先、車種、車両のナンバーも確認し、記録しておくようにします。虚偽の入り込まないように、運転免許証を見せてもらうといいでしょう。このとき、加入している任意保険会社も忘れずに聞いておくようにしてください。
もらい事故の場合、加害者側が100%悪いことになります。ところが事故直後は自分の責任を認めていた加害者が、時間が経つにつれて自分を正当化したり被害者に責任を負わせるような発言をしたりするようになることもあります。できれば簡単な書面でもいいので責任を認める文面に署名をもらうか、自分の責任を認める旨の証言をスマートフォンなどで録音しておくのが確実です。
当事者の証言だけでは十分でないこともあるため、目撃者がいれば協力を要請するとなおいいでしょう。連絡先と氏名を聞いておけば、後日証人となってくれることもあります。
(3)病院の受診と検査
交通事故の場合、その場では負傷がなく不調も表れていないときでも、後から調子が悪くなることがあります。たとえば、むち打ち症などは数時間後から頭痛や目まい、手足のしびれが生じることも珍しくありません。そのため、自分では傷害を負っていないと思ったとしても、念のために病院で診察を受け、検査を受けておくようにすべきです。
すぐに受診することには、2つの意味があります。1つは、もし後から不調が生じたときに、交通事故との「因果関係」を示しやすくなることです。ここでいう因果関係とは、不調が他の原因からではなく交通事故によって生じたものだという関係性を指します。事故から受診までの時間が経てば経つほど、身体に生じた不調が別の原因からとの疑いが強くなるため、損害賠償請求の際に不利となる可能性があります。
もう1つは、警察での取扱いが人身事故となる場合があることです。交通事故には、物だけが壊れる「物損事故」と、人間の身体に被害が及ぶ「人身事故」とがありますが、物損事故には人身事故とは違い刑事罰がないために、警察の動きも異なってきます。加えて、物損事故扱いとなってしまうと、加害者は行政処分(免許停止など)の対象となることもなく、自賠責保険が下りることもない上に、被害者が治療費などを請求することもできなくなってしまうのです。事故現場での調査や確認が終わり次第、できる限り早く受診するように心掛けましょう。
(4)保険会社への連絡と示談
損害賠償金は加害者側の加入する任意保険会社から支払われますが、自分の加入する保険会社にも事故があったことを連絡しておくといいでしょう。契約内容によっては保険金が支払われることもありますし、気を付けるべき点などについてある程度の助言を求めることも可能です。その後、加害者側(保険会社の担当者であることが多い)との「示談」、すなわち事故の当事者らによる話し合いでの紛争解決を目指すことになりますが、もらい事故の場合には大きな注意点があるため、後述します。
3.もらい事故による損害賠償請求方法
(1)もらい事故で生じる損害とは
損害賠償の請求方法についてみる前提として、もらい事故で生じる損害の種類を確認しておきましょう。交通事故の損害には、「財産的損害」と「精神的損害」があります。財産的損害は、事故によって直接的に出費を強いられる治療費や車の修理代といった「積極損害」と、治療で休業した分の収入のように事故によって得られるはずだった収入が得られなくなったという「消極損害」に分かれます。
また、精神的損害は慰謝料という名目で埋め合わせがなされます。これには「入通院慰謝料」と「後遺障害慰謝料」、そして「死亡慰謝料」があります。入通院慰謝料とは入院や通院をしなければならなかった苦痛に対する慰謝料であり、後遺障害慰謝料とは後遺症を負うこととなった苦痛に対する慰謝料です。死亡慰謝料は死亡した被害者本人および家族を喪った遺族の精神的苦痛に対する慰謝料です。
(2)損害賠償を請求するには
損害賠償の請求方法としては、加害者本人ないし加害者の加入する任意保険の会社担当者と「示談交渉」を行い、それで纏まらなければ「調停」や「裁判」を行うことになります。示談交渉とは相手方との話し合いによる交渉であり、調停とは簡易裁判所で裁判官や調停員を交えて当事者同士が話し合うものです。また裁判とは、互いに法的な主張を繰り広げて判決という形で決着をつける制度です。
損害賠償請求について「一括対応」という仕組みを利用した場合、相手方となるのは加害者の加入する任意保険会社です。一括対応とは、自賠責保険で賄われる損害賠償部分も任意保険会社が一括して被害者に支払い、後から任意保険会社が自賠責保険に請求するという対応です。ただし、この一括請求を利用する場合、後遺症が出た場合に後遺障害の等級認定が受けにくく、治療費の支払いが打ち切られる可能性もあるといった問題があるため、被害者自らが自賠責保険会社と任意保険会社へ別々に請求を行ったほうがいいでしょう。これを「被害者請求」といいます。
4.もらい事故に関する大きな問題と対処法
(1)被害者側の保険会社が関与できない
損害賠償を請求するには、相手方との示談交渉が不可欠です。被害者と加害者の双方に過失がある交通事故であれば、示談代行サービス付きの契約を結んでいる場合、被害者の加入する任意保険会社の担当者に示談交渉を任せることができます。これは、被害者に過失があれば、被害者の加入する任意保険会社にも支払いの義務が生じる可能性があるため利害関係者となるからであり、本来なら報酬目的での示談交渉代理は、弁護士以外の者には禁じられています(弁護士法第七十二条)。
「弁護士法第七十二条」
弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。(引用)
参照元:弁護士法第七十二条(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=324AC1000000205#764
ところが、もらい事故の場合は被害者に過失がないため、保険会社が加害者に支出をする可能性もなく、被害者の加入する任意保険会社は利害関係のない第三者ということになります。したがって、もらい事故の示談交渉には被害者側の保険会社が関与できないのです。
(2)自分だけで交渉するより専門家に相談を
交通事故の示談交渉で相手方となるのは、基本的に加害者の加入する保険会社の担当者です。保険会社の担当者は法律のプロとまではいえなくとも、年に何十件もの示談交渉を取り扱う専門家であることは間違いありません。そのため、交通事故の示談交渉に関する知識や経験のないまま交渉に臨んでも、不利な内容で和解をしてしまうことになりかねない恐れがあります。
そこで、交通事故の事件を扱った経験の豊富な弁護士に依頼すれば、個別の事故に応じた望ましい和解内容を考えてくれますし、適切な資料も揃えてくれます。気になるのは、弁護士によって多少損害賠償額が増えても、結局弁護士費用で損をしてしまうのではないかということですが、これについては2つの方法が考えられます。
1つ目は、交通事故の保険に「弁護士費用特約」を付けるというものです。弁護士費用特約とは、交通事故で弁護士に相談する必要が出た時に保険会社が一定額(多くは300万円)までの弁護士費用を負担してくれるという付帯契約です。年間数千円程度の出費で、いざというときのサポートが受けられるため、加入しておくといいでしょう。
2つ目は、無料相談や法テラスを利用するというものです。もらい事故の状況を説明して、損害賠償が増額する見込みを聞けば、弁護士費用との関係で得になるかどうかを教えてもらえるでしょう。事故に遭ってどうすればいいかわからない場合、まずは相談をしてみることをおすすめします。
まとめ
もらい事故は被害者側に過失がないため、示談交渉が楽なようにも思えますが、加入する保険会社の交渉代行サービスを受けられないという「罠」もあります。たとえ被害者に過失がなくても、交渉の場で過失がないことを示せなければ、加害者側の主張が通ってしまう可能性もあるでしょう。きちんと自分の主張を通すには、法律の専門家であり、交通事故の事件解決経験豊富な弁護士のサポートを受けることが大事です。もらい事故でお困りの方は、まずは無料相談などへ足を運んでみることをおすすめします。